この記事は、「グレイテストショーマンのモデルは実在してる?バーナムはどんな人か実話との違いも紹介!」と題してお届けします。
2025年3月28日に日本テレビ系の放送局で放送される映画『グレイテストショーマン』。
そんな『グレイテストショーマン』の主人公にはモデルとなったサーカスの興行主が実在していることに、皆さんはご存じでしょうか?
また、一体モデルとなった人物は映画とどのように違っていたのでしょうか?
というわけで今回は、「グレイテストショーマンのモデルは実在してる?バーナムはどんな人か実話との違いも紹介!」と題して様々な情報をご紹介します。
これを読むと、映画『グレイテストショーマン』にはモデルがいることや、モデルとなった人物が映画と実話でどのように違うのかについて様々なことを知ることができるので最後までお楽しみください。
もくじ
グレイテストショーマンにはモデルが実在していた!
それでは、『グレイテストショーマン』にはモデルとなった人物がいたのか?
今回は、この情報についてご紹介します。
モデルとなった人物はP.T. バーナム
『グレイテストショーマン』に登場する主人公バーナムは、その名前の通りアメリカに実在したサーカスの興行主です。
モデルとなった人物の名前はPT・バーナムで、アメリカでは非常に有名な人物で、1999年にはライフ誌で「1000年間のうちに功績を残した人物」の内の一人として選ばれていました。
今では考えられませんが、彼が活躍した時代はサーカスが大衆娯楽として愛されていた時期があったのでした。
彼が開いたサーカス一座は列車を使用して移動するサーカス一座で、当時としては文字通り地上最大のサーカスであったともいわれています。
ちなみに、本作はその高い好評も相まって、舞台化をされており、現在は舞台でも彼の半生を追いかけることができます。
バーナムを題材にした映画は他にもある
そんな、PTバーナムですが、過去には複数回彼の自伝映画が製作されていたことがありました。
なんと本作を含めると四度目の映画化となっているみたいです。
1度目の映画化作品は、1934年に制作された『曲芸団』という映画で、そこからさらに1967年には『ああ、月旅行』というタイトルで映画化をされています。
残念ながらこれらの映画についての感想は現在では確認されておらず、どういった作品であったのかなどの評価は不明となっています。
3作目の映画は「バーナム~ショービズをきわめた男」というタイトルですが、こちらはTVムービーであったということで評価はあまり高くはありませんでした。
観た人の感想によると『バーナムの性格が悪すぎて感情移入ができない』と苦言を呈するほどの内容であったとの事です。
また、バーナム本人を直接ネタにはしていませんが、1952年の映画『地上最大のショウ』はバーナムのサーカス団がモデルになった作品といわれており、こちらはその年のアカデミー作品賞を受賞し、大ヒットとなりました。
実際のバーナムはどんな人物か!映画と実話の違いについても紹介!
それでは映画のモデルとなったサーカス興行主のPT.バーナムとはどういった人物であったのでしょうか。
また、映画と実話はどのような違いがあったのでしょうか。
実際にみていきましょう。
PTバーナムはどんな人物であったのか
PT・バーナムことフィニアス・テイラー・バーナムは1810年にアメリカ合衆国で生まれました。
上記でも説明したように、とにかくバーナムはアメリカの歴史に残る山師・興行主として非常に有名な人物とです。
しかし、彼の人生は苦労とともにあったらしく、山師として成功するまでは新聞社や個人商店などを始めていましたが、どれも失敗していました。
ところが、1835年には、自分を「ジョージ・ワシントンの乳母であった」「160歳を超えている」と称する黒人奴隷の老女を見世物にすることを思いつき、興行主の世界に入り込むことになりました。
しかし、この老女は興行を始めた1年後の1836年にあっさり死亡。
その死亡鑑定後、解剖され年齢が80歳以下であったことバレてしまい、ペテンであったとされています。
その後、しばらくバーナムは表舞台から遠ざかりますが、1841年にニューヨーク地元の博物館を買収、この博物館を改造し、見世物小屋に姿を変えることでリフォームすることに成功。
さらに翌年となる1842年には、この見世物小屋でダンス団にダンスなどを躍らせたり、降霊会を行ったり、小人症のタレントや数多くのフリークスを雇ったりしてただの見世物小屋からサーカス団に変貌、特に『地上最大のショー』という触れ込みで世界各地を巡業するほどの成功をおさめます。
特に降霊会は受けがよく、当時の心霊ブームを支えていたといわれており、あのシャーロック・ホームズの作者コナン・ドイルもハマっていたといわれています。
やがて、1872年には列車で移動する形式のサーカスであった「サーカス列車」を思いつき、全米各地を回ることに成功。
その後、1881年には、別のサーカス団を買収、『バーナム・アンド・ベイリー・サーカス』を結成します。
こうして全米の興行主たちの頂点に躍り出たバーナムですが、なんと興行の世界だけでなく政治家としての側面を持っていたといわれています。
バーナムは1866年にコネチカット州・フェアフィールド郡から下院議員として出馬、当選を果たして4年ほど議員として活躍していました。
その後は、1875年から1年ほどコネチカット州・ブリッジボードという街の市長として勤務。
しかし、これら政治家としてのキャリアも短期間で終わっていることから、政治家としての評判は恐らくはよくなかったのではないかとみられます。
やがて、1891年には脳卒中となり、80歳という年齢で死去いたしました。
映画と実話の違いについて
それでは、史実におけるバーナムと映画『グレイテストショーマン』におけるバーナムの違いとはどういったものになっているのでしょうか。
まず映画におけるバーナムはある程度、自分なりの社会正義や美学を持ち合わせた人物として描かれますが、史実における実話のバーナムは「フリークス=金づる」としてみていたようで、社会的に弱い立場の人物を利用し、見世物として働かせようとしていただけの山師であったといわれています。
このことから、様々な媒体ではバーナムは実は山師で詐欺師であったとも書かれていることも多くあります。
とはいえ、金払いは非常によく、かなり当時としては高級な給料も払われていたことから、見世物にされるフリークスの多くが、彼に対して反感を抱くことはほとんどなかったといわれています。
特に彼の相棒として活躍した小人症の男性であった『親指トム将軍』ことチャールズ・ストラットンは当時のイギリス女王のもとに連れていかれるほどの名声と地位を獲得しており、友人としてもバーナムと仲良くしていたといわれています。
このことから、みても実話のバーナムを単純な悪人といえるのか疑問に感じるところがありますね。
バーナム個人に悪意があれど、そこで働くことで金を稼ぐことができる人間がいたのは間違いないわけですから。
さて、映画と史実の違いに話を映しますが、本作ではサブキャラとして大富豪の息子フィリップと黒人女性の空中ブランコ乗りのアンが登場し、二人の恋愛も映画の脇をそえます。
ところが、このフィリップとアンという人物は存在せず、架空の人物となっています。
こういった架空の人物を通して、恐らくはバーナムの人物について改めて冷静にチェックさせるために彼らのようなキャラクターを配置していたのではないかと予測されます。
そして、これは余談ではありますが、映画ではヒュー・ジャックマンが演じていますが、実話におけるPTバーナムは、まったく似ておらずどちらかといえばクエンティン・タランティーノにどこか似ているような風貌をしているのが特徴的です。
とはいえ、映画劇中ではヒュー・ジャックマンがはまっていることから、ヒュー・ジャックマンのままでよかったのではないかという声も多くあります。
グレイテストショーマンのモデルは実在してる?バーナムはどんな人か実話との違いも紹介!まとめ
今回は、「グレイテストショーマンのモデルは実在してる?バーナムはどんな人か実話との違いも紹介!」と題して、お届けしました。
今回、わかった情報をまとめると以下のようになります。
- 『グレイテストショーマン』の主人公であるPTバーナムは同姓同名の人物がモデルとなっている
- 『グレイテストショーマン』以外にもバーナムをモデルにした・題材にした映画は複数ある
- 『グレイテストショーマン』の主人公のモデルとなったバーナムはアメリカを代表する山師として有名で、短期間ではあるが国会議員や市長になったことがあった
- 『グレイテストショーマン』の映画と実話の違いについては『バーナムは社会正義的なものではなくある意味弱者を利用する形でサーカスをしていた』『映画に登場するアンとフィリップは実際には存在しない』といったこと
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。